2005年02月28日

おめでとうございます!

 南セントレア問題に、ついに決着が着いたようです。新市名どころか、合併話までなくなってしまいました。

 合併自体には、とりたてて反対というわけではありませんでした。合併するからには、様々な事情があるでしょうから。ただ、 今回の新市名を決めるにあたり、住民の民意を無視したやり方に、憤りを感じました。合併そのものが流れるという展開は、 仕方のないことかと思います。

 これからの両町の発展を祈るとともに、故郷は美浜さんに、「お疲れ様でした!」の一言をお伝えしたいと思います。

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2005年02月27日

雑賀孫市

 尻啖え孫市(講談社文庫

 書籍紹介第一弾は、司馬遼太郎著「尻啖え孫市」です。ペットに同じ名前を付けるほど、僕の好きな武将です。

 あまり脚光を浴びる事のない人物ですが、戦国時代の傭兵部隊ともいうべき雑賀衆を率いて信長と戦った武将です。 人物像に迫る詳しい資料がないのですが、司馬遼太郎は彼に、「鉄砲の名人で女好き」という、非常に魅力的な人物に設定しました。

 そんな孫市が、強大な信長軍と戦う事になった原因が、なんと女性絡みの因縁から。信長に見事「尻啖わせる」 ことができるのでしょうか?
尻啖え孫市

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不幸中の幸い

 2月26日付けの さきがけonTheWebの記事です。

 不幸中の幸いだった。先月、県指定有形文化財の本殿を全焼した千秋公園の八幡秋田神社で、神体の掛け軸と甲冑 (かっちゅう)2領が焼失を免れていたことが分かり、関係者は胸をなでおろしている

 2月10日の記事に取り上げた、八幡秋田神社での、放火事件の話題です。全て焼けてしまったかと思っていたのですが、 まさに不幸中の幸いです。

 何かを作り上げるというのは、壊す事よりもずっと難しい場合が多いと思います。ましてや、失われた歴史(時間)は、 取り戻す事は出来ません。今回の事件は、天災などの不可抗力ではなく、人災です。こんな事件は、もう二度と繰り返されないよう、 願ってやみません。

 (さきがけonTheWeb

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2005年02月25日

世界一周の栄誉

 2月24日、YOMIURI ON - LINEからです。

 マゼラン探検隊の復元船、ハワイ着…万博で日本寄港へ

 マゼランの乗っていた船が、日本で見ることができるそうです。記事にあるように、 初めて世界一周の航海をしたマゼラン一行。教科書にも載っている有名な冒険です。が、マゼラン自身は生きて祖国の地を踏めなかった、 というのは、あまり学校では触れないようです。

 スペイン艦隊を率いたマゼランですが、実は彼はポルトガルの下級貴族の出でした。当時、スペインが西回り、 ポルトガルが東回りでインドを目指していました。マゼランは、ポルトガルの重要機密である西回り航路 (ポルトガルも秘密裏に西回り航路の可能性を探っていた)の情報を手土産に、スペイン艦隊の提督になりました。ポルトガルからの説得や脅迫、 果てはスパイの暗躍や暗殺計画が立てられるほどでしたが、マゼランは1519年9月2日、無事に出航します。

 マゼランの航海の目的は、新大陸からインドへ抜ける海峡の探索でした。香料の貿易で、 ポルトガルよりも優位に立つためです。途中、嵐や反乱に苦しめられたり、巨人の住む国(パタゴニア)を見つけたり…。大冒険の末、 マゼラン一行は、ついに海峡を見つけるに至ったのです。

 しかし、マゼランの航海前に得た情報と実際の地図は大きく異なっていて、行けども行けども香料諸島は見えません。 仕方なく進路を変更。グァムに漂着するまで、なんと3ヶ月以上当てのない航海を続けたのです。食料不足から壊血病が蔓延、 多くの乗組員が衰弱死しました。

続きを読む
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2005年02月24日

いろいろと付けてみました(その2)。

 また、いろいろ取り付けてみました。既存のコンテンツも配置が変わっているので、ご確認の程を。今回は、 こんなものを取り付けました。

・リンクリスト

・私を登録

 blogpeopleのサービスです。普段、僕が回っているサイトを載せていこうかと思います。「私を登録」は、 当サイトをリンクリストに手軽に入れるためのリンクです。なので、blogpeopleに関係のない人には全く意味のないリンクです。 リンクリストをもっている方は、追加してくださるととても喜びます。

 やっぱりBlogPeople Tagsにしました。ソーシャルブックマークというものを試してみようかと思って。利用者が増えれば、タグも充実して面白くなりそうです。

Birthday Blog

 本日誕生日の方が運営するBlogだそうです。いいBlogが見つかるかもしれません。 いろんなジャンルのBlogがありますから、気になるタイトルを見付けたら覗いてみましょう。これも、 blogpeopleのサービスです。

Amazon

 言わずと知れたショッピングサイト「Amazon」です。僕もたびたびお世話になっています。 興味をひかれる本があったら、どうぞ。

 まだ取り付けたいものがいくつかあるのですが、そろそろ煩くなってきたような…。う〜む。

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2005年02月23日

たまには、サイクリングでも

 2月23日、共同通信の記事です。

 「坂の上の雲」舞台巡って 松山、放置自転車貸し出し

 放置自転車の再活用もできるし、観光のPRにもなる、いいアイデアですね!

 司馬遼太郎先生のファンならば、一度はいってみたいこの企画。小説の雰囲気が肌で感じる事ができそうですね。 松山市に行く予定があって、まだ「坂の上の雲」を読まれていない方は、是非一読してから行ってみてほしいです。楽しさも倍増しますよ。

 (共同通信

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2005年02月22日

ローマの礎

 2月21日、YOMIURI ON-LINEの記事です。

 ローマ建国王のロムルス宮殿跡?伊の教授が遺構発見

 ローマ市内で紀元前8世紀の宮殿跡が見つかり、 紀元前753年にローマを建国したとされる伝説の王ロムルスの王宮ではないかとの説が浮上している。

 ローマ建国の祖とされるロムルスは、軍神マルスの息子(!)として生まれました。ロムルスにはレムスという弟がいました。

 彼らは生まれてすぐに、政敵アムリウス(二人にとって、祖父の弟)によって命を奪われそうになります。しかし、 殺すに忍びないと思ったアムリウスの家臣は、兄弟をテヴェレ川に流しました。それを一匹の雌狼が拾ってきて、兄弟に乳を与え、育てました。 その現場を目撃した牧人に拾われ、二人は牧人として育てられます。

 彼らは成長し、パラティウムの丘で放牧していました。あるとき、アウェンテヌスの丘の牧人たちといさかいが起こります。 しかし敵方のボスは、なんと自分たちの祖父ヌミトル!アムリウスとの政争に敗れたヌミトルは、ここで牧人として暮らしていたのでした。 そこで、祖父と孫は手を結び、アムリウスを破りました。

 その後、国の実力者となった兄弟の間で争いが起こり、兄は弟を殺してしまいます。こうしてロムスルの町「ローマ」 が生まれました。ローマの歴史は、ここから始まります。

 ちなみに、ローマ帝国の祖がロムルスならば、西ローマ帝国(476年滅亡)の最後の皇帝もロムルスという名前でした。 歴史の皮肉を感じさせられます(補足:東ローマ帝国は1453年に滅亡しました)。

 (YOMIURI ON-LINE

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2005年02月20日

英雄と名刀と

 2月20日の 中日新聞からです。

 平安〜江戸末期の名刀を一堂に

  平安から江戸時代末期までを中心にした名刀を一堂に集めた展示「いま甦(よみがえ)る武人(もののふ) の心 日本の刀 赤羽(あかばね)刀から観る刀剣の歴史と美」が19日、四日市市安島の市立博物館で始まった。3月21日まで。

 面白そうな催し物です。近場であったら、絶対に行ってますね。記事によると、かの有名な「正宗」や「村正」 もあるそうです。

 「正宗」といえば、伊達政宗と「正宗」にまつわる、こんなエピソードがあるのをご存知でしょうか?

 ある時、江戸城内で某大名が「伊達殿は正宗をお持ちでしょうか?」と尋ねました。その当時、政宗は62万石の大大名。 各下の相手に見栄を張り、つい、持っていると答えてしまいました。

 その後、政宗は大急ぎで蔵の中を調べさせたものの、正宗はどこにもありません。そこで政宗は、 正宗によく似た刀を正宗と言い張る事にしました。しかも、「正宗」 と銘を刻ませる程の念の入れようです。

 後日、件の某大名とばったり会った政宗は、「これが、私の正宗です」とその刀を見せました。某大名はわざとらしい 「正宗」の銘を見て、不審に思いました。が、大大名である政宗の刀の真贋をただすことなどできません。ましてやこの時代、 大名の所蔵する刀の真贋をただすということは、斬られても仕方ない程の無礼とされていました。

 そんな訳で、某大名はついに偽正宗だと指摘する事ができませんでした。英雄政宗の意外なエピソードでした。

 (中日新聞

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2005年02月18日

信長街道

 2月18日付けの 中日新聞の記事から。

 歴史ロマン感じて歩いて

 蟹江「信長街道」に案内板

 織田信長19歳ぐらいのころの、清洲攻めの際に行軍した道だと伝えられているそうです。 蟹江町のホームページによると、

 昔ながらの道ですので、車で通るには狭い道ですが、道沿いには寺社や酒蔵があり、 歩くと歴史のロマンを感じることができます。

 このような古い町並みは、可能な限りそのままでいてほしいです。そこに住んでいる方々の生活もあるので、 一概には言えることではないのですが、やはりこうしてその当時を偲ばせる風景があるというのは、いいものではないかと思います。

 一度、じっくり歩いてみたいですね。

 (中日新聞

 (蟹江町

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2005年02月17日

あんぱんを食べながら

  こんな記事を見つけました。

 あら!これが明治の…木村家ペストリー・ショップ
築地のあんパンオールスターズ

 僕は甘いものに目がなく、あんパンも大好きです。で、読み進めていくと、山岡鉄舟の名前が!意表を突かれました…。

 木村屋總本店さんの 「あんぱん読本」を見てみると、

 明治8年、明治天皇の侍従をしていた山岡鉄舟が店を訪ねました。鉄舟と安兵衛は明治維新前からの知り合いです。

 …!!山岡鉄舟と知り合い!?安兵衛さん、すごいなぁ…。しかし考えても見れば、僕らの目からみた山岡鉄舟は、 本や史料に登場する偉人だけれど、この時代に生きた人にとっては、血肉の通った人間なんだなぁ、と感じました。

 山岡鉄舟はご存知ない方も多いかも知れませんね。高名な剣術家であると同時に、論客としても優秀で、 江戸無血開城の立役者の1人。勝海舟と並び評された人物です(ちなみに、勝海舟、山岡鉄舟、鉄舟の兄である高橋泥舟をまとめて”幕末の三舟” と呼んだりします)。明治時代には、明治天皇の側近として、信頼を得ていました。

 今日はあんパンでも食べながら、維新の英傑に想いを馳せてみようかと思います。

 (All About

 (木村屋總本店

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2005年02月16日

佐々成政と肥後国衆

 2月16日付け、MSN毎日インタラクティブの記事です。

 華やか勇壮、戦国絵巻−−三加和町「戦国肥後国衆まつり」 /熊本

  三加和町の「戦国肥後国衆まつり」が13日、同町民広場であり、華やかな戦国合戦絵巻を繰り広げた。

  三加和町のサイトに、詳しい情報が載っています。

 1587(天正15)年、肥後国主である佐々成政は、検地を行いました。それに抵抗する肥後国衆が、一揆を起こしました。 しかし一揆勢は次第に追い詰められ、最後の砦となったのが、三加和町にある和仁氏の居城、「田中城」なのだそうです。

 ちなみに成政は、「3年間は検地を禁ずる」という秀吉の命令を破り、一揆を誘発したという罪で、所領没収の上、 摂津尼崎で切腹を申し渡されました。1588年、成政49歳でした。

 辞世は「 このごろの 厄妄想を 入れ置きし 鉄鉢袋を 今破るなり」

 (MSN毎日インタラクティブ

 ( 三加和町

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2005年02月15日

福島政則?

 2月14日、Sankei Webの記事です。

 明治大入試で出題ミス 全員を正答扱いに

  明治大は14日、情報コミュニケーション学部の入試で2問の出題ミスがあったと発表した。 この問題について全員を正答扱いにするという。

 ○福島正則→×福島政則ですか。パッと見た限りでは、ありそうな名前だと思いますが…。 googleで「福島政則」 を検索すると、734件もヒットします。意外と多いんですね。

 ちなみに、ちょっと古いですが、2月11日の 中日新聞

 福島正則も蒲郡で採石

 地元市職員が刻印入りの岩発見

  戦国大名福島正則(1561−1624年)の刻印が入った岩が、蒲郡市西浦町の海岸で見つかった。 1610年の名古屋城築城で、徳川家康の命を受けた大名の一人として、福島正則が石垣にする石を採った名残とみられる。

 こちらは正解。ちなみに正則は、武人としての才能はもちろん、治水事業における才能もあったようです。

 また、奥さんに薙刀振り回されて逃げてみたり、家臣の奥さんに怒られたり、酒の席で大事な槍「日本号」 を手放してしまったり(黒田節ですね)…いろいろ憎めないエピソードの多い武将です。ただの聖人君子より、人間味があっていいですね。

 (Sankei Web

 (中日新聞

 

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バレンタインデーの悲劇

 皆様、バレンタインデーをいかがお過ごしでしょうか?

 Wikipediaの「今日は何の日?」というコーナーで、こんなものを発見しました。

 聖バレンタインデーの虐殺

 聖バレンタインデーの虐殺(せいバレンタインデーのぎゃくさつ、St. Valentine's Day Massacre)とは、1929年2月14日にシカゴで起きたギャングの抗争事件。アル・カポネと抗争を繰り広げていたバッグズ・ モラン一家のヒットマン6人及び通行人一人の計7人が殺害された。事件自体はそれほど重要というわけではなかったが、 犯人たちが警官に扮していたこともあって全米中のマスコミの注目を集めた。

 まさかバレンタインデーとアルカポネがリンクするとは思わなかったので、びっくりです。この事件以前と以後で、 民衆のカポネに対する評価がガラリと変わります。

 事件以前は慈善活動などで、大衆の支持を得ようとしていたそうです。また、持ち前の明るい性格で、 マスコミ受けも上々でした。

 ところがこの事件以後、いよいよ政府も黙っていられなくなります。ここから、エリオット・ ネス率いる捜査チームとの争いが始まります。アンタッチャブルですね。

 皆さんも、くれぐれもこんな血なまぐさい事に巻き込まれないように、まっとうに生きてくださいね。 (←余計なお世話ですね)

 (出典 Wikipedia

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2005年02月14日

いろいろと付けてみました。

 いろいろ取り付けてみました。各コンテンツの配置換えもおこなったので、 以前から来ていただいている方々は戸惑うかもしれませんが、よろしくお願いします。

有名なものばかりかも知れませんが、今回取り付けたものをご紹介します。

BlogPet

 以前は「こうさぎ」のみだったのですが、最近になって、新しい仲間が登場した模様。僕は子犬を飼いました。呼んだとき (クリックしたとき)の首のかしげ方が決め手でした。名前の由来は、「雑賀孫市」からもらいました。司馬遼太郎先生の「尻喰らえ孫市」 は面白いですよ。

feed meter

 人気度ランキングです。上位を見ると、有名なサイトさんばかりです。別にランキング入りが狙いというわけではなく、 「更新頻度が見た目でチェックできる」という点がいいかな、と。ついついサボってしまいそうですから…。

 ・人気blogランキング

 こちらは純粋なランキング。「歴史」のカテゴリに入っています。上位のblogはやはり面白いですね。 是非のぞいてみてください。当blogのバナーから行っていただけると、順位が上がって僕が喜びます。

 続々とblog用の新しい機能が登場してくるので、楽しみですね。面白そうなものを見付けたら、 また設置してみようと思います。

 以上、歴史とは全然関係ない記事でした。

posted by Dai at 19:41| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月13日

バレンタインデーって、何?

(本日は少々いじけがちですので、ご注意を)

世間はバレンタインデーとやらで浮かれているようです。なんでも、女性からチョコレートをもらえる日だそうです。

…まぁ、引きこもり系会社員の僕には、関係ないですが。

さて、皆さんそんなに浮かれているわけですし、このイベントの起源もご存知であろうかと思いますが、 万が一知らないと恥ずかしい思いをするかも知れません。

ということで、バレンタインデーの起源を解説している記事を発見したので、 チョコレートをあげる人ももらう人も、ちゃんと見ておくように!

かの有名な、松永さんの「絵文録ことのは」です。中国でのバレンタインデー(情人節) の解説も載っています。

以上、バレンタインデーに向けての予習です。しっかり勉強しておきましょう。

…ハァ…。

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2005年02月12日

夢のある話

 はてなにて。 たくさんのサイトで取り上げられているので、 ご存知の方もいるかもしれません。

 征夷大将軍になれば幕府を開けると習いました。可能であれば幕府を開いてみたいと思うのですが、 とりあえず何から始めればよいのでしょうか。

 しっかり調べれば、不可能ではないのかも…。

(参考  はてな

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2005年02月11日

「逆賊」と言われ続けて

2月9日の 京都新聞の記事です。

「室町時代列」今年から登場 府が予算計上、時代祭の空白埋める

京都三大祭の一つ、時代祭(10月22日)に今年から「室町時代列」を登場させる計画で、 京都府は9日発表した2005年度予算案で衣装新調の助成などに1000万円を計上した。 京都市も05年度予算案で同様の助成を行う方針。時代祭を主催する平安講社は「具体的な登場人物は検討中だが、空白期だった『室町時代』 を埋めて、京都の歴史絵巻を完成させたい」としている。

この祭が始まったのは明治時代だそうですが、まさか現代に至るまで、足利尊氏が「逆賊」と言われ続けているとは思いませんでした。 「さすが京都!」と、妙なところに感心してしまいました。

確かに、室町時代だけ省かれているのも変ですね…。登場人物のラインナップが気になります。機会があったら、ぜひ参加したい祭ですね。

(引用 京都新聞

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小六

02月10日の MSN毎日インタラクティブです。

よろいかぶと“再発見”−−京都で公開

 安土桃山期の武将、蜂須賀正勝(通称・小六、1526〜86) が着用したとみられるよろいかぶと=写真=を京都市東山区の収集家、中村達夫さん(62)が発見していたことが8日、分かった。

蜂須賀正勝!豊臣秀吉がまだ「木下藤吉郎」と名乗っていた頃からの腹心中の腹心です。僕のイメージでは、玄人好みの名脇役。「正勝」 よりも「小六」でご存知の方もいるかもしれませんね。

1585年、今までの功績によって、秀吉から阿波一国を与えられましたが、正勝はこれを子の家政に譲って辞退、翌年に世を去りました。 自分の引き際を知っていたのでしょうか?

正勝のようないぶし銀の武将のニュースが聞けると、ちょっと嬉しいです。

(引用 MSN毎日インタラクティブ

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2005年02月10日

罰当たり!

ZAKZAKより。 ちょっと信じられない事件です。

 秋田県文化財の八幡秋田神社(秋田市)の本殿などが全焼した火事で、秋田中央署は8日、 放火と建造物侵入の疑いで秋田市千秋中島町の無職の男(35)を再逮捕した。

放火の理由はなんと、「さい銭を盗むことができず、腹いせで火を付けた」可能性があるそうな。なんというか、唖然としてしまいました。

八幡秋田神社には、初代秋田藩主である佐竹義宣が祭られているそうです。佐竹義宣といえば、石田三成が加藤清正らに襲撃された際に、 自ら護衛役を買って出るような義理堅い一面と、騙し討ちで常陸を掌握するというしたたかさを併せ持つ戦国武将でした。

佐竹氏が秋田に入って400年という節目を迎えたのが、平成14年9月17日。それからまもなく、こんな事件が起こるなんて…。

(引用  ZAKZAK

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あなたの街のお宝は?

2月9日付けの 北海道新聞の記事より。

歴史的建造物や老舗…帯広中心市街地の“お宝”再発見 「マップ」作成

 帯広市と帯広商工会議所は新年度から五カ年計画で、 歴史的建造物や老舗など中心市街地に埋もれた魅力を住民と協力して再発見する事業に乗り出す。 歴史的価値のある建造物などを地図に表記した「魅力マップ」を作成したり、インターネットなどで広く魅力を発信することなども検討。 「定住人口の増加にもつなげたい」としている。

こういった試みが増えると、歴史に興味を持つ人が増えるのではないでしょうか。例えば旅行に行ったときに、 その土地の歴史背景を知っていれば、楽しみも倍増するのではないかと思います。

住民の方々にとっても新しい発見が出来そうなこの企画。関係者の方々には、地域の活性化につなげられるように、 頑張ってもらいたいです。

あなたの街には“お宝”、ありますか?

(引用 北海道新聞

posted by Dai at 00:36| Comment(2) | TrackBack(0) | 日本史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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